天気、快晴。
リサーチ、OK。
あとは決行を待つばかり。
リナはすこぶるご機嫌だった。
「ガウリイ、デートしよっか」
宿の食堂で昼食をとったあと。
二階へ向かう階段の途中、突然聞こえたリナの言葉に、思わずガウリイは足を踏み外しかけた。
「……んあ?」
聞き違えたかと思って、後ろにいる彼女のほうを振り返る。
当のリナは笑みを浮かべて、もう一度、先程の言葉を繰り返した。
「デートしよっか、て言ったのよ」
――どうやら聞き違いではないらしい。
リナがそんなことを言い出したのは初めてだ。
とはいえ、普段ほとんど一緒に行動しているわけだから、デートと言われても、それはいつもの二人と似たようなものではなかろうか。
彼女の意図を計りかね、ガウリイは返事に困ってしまった。
「なんで黙るのよ?」
反応が気に食わなかったらしく、リナの顔から笑みが消える。
「いや……」
「……なによ、ヤなの?」
「ああ、いや、ええと、そうじゃなくて」
憮然とした表情を見せるリナに、あわてて否定するガウリイ。
「……なんでいきなりそんなこと言い出したのかと」
どうにか言葉を続けると、リナは再び表情をやわらげた。
「いいじゃない、たまには。
どうせすることないでしょ? ガウリイ」
言いながら階段の手すりに寄りかかる。
「まぁ、そうだが……」
確かに今は仕事を請け負っているわけでもないし、特別何かやりたいことがあるわけでもない。
「ぶっちゃけると、この町で飲みたいジュースがあんのよ。
けど、それって二人で行かないと注文できないらしいのよね」
「ああ、なんだ。それに付き合ってほしいのか」
「そういうこと。OK?」
もちろん、彼に断る理由はなかった。
デートと言っても別に外で待ち合わせるわけでもなく、二人は一緒に宿を出た。
目的のジュースを味わえる店は、大通りを少し歩いた先。
お昼どきを少し過ぎた頃のせいか、着いた店の中はいくらか空いていた。
手近にあった、テーブルの片側に長イスだけの席へ並んで座り、目当てのものを注文する。
やがて運ばれてきたのは、二人分の大きなグラスに入った、薄い翠色のフルーツジュース。
グラスの縁にはカットオレンジが添えられて、氷の隙間にささっているのはピンクと白の二本のストロー。
「なるほどな。だから二人でないと注文できないのか」
「……そうみたいね」
ガウリイの呟きに言葉を返しながら、リナはストローの一本でカラカラと氷をかき混ぜる。
――と。
「あ」
留め金が緩んでいたのか、ふいにリナのイヤリングが片方、外れた。
床に落ち、テーブルの下へ転がってしまう。
「ガウリイごめん、足元。とってくんない?」
「おう」
言われて彼が身をかがめる。
からん。小さくグラスの中の氷が音を立てた。
「ほら」
拾い上げたイヤリングの片割れを、リナの耳に戻す。
「ん。ありがと、ガウリイ」
片肘をついて、リナが嬉しそうな表情を見せる。
笑みを返し、ガウリイはイスに座りなおした。
彼がイヤリングを拾い上げるまで待っていたのか、グラスの中身はまだ減っていない。
「飲むんだろ?」
「うん。――ガウリイも飲む?」
せっかく二本あるし、と、リナが白いストローを指す。
「けどこれ、リナが飲みたかったんだろ?」
「いいわよ、少しくらい。
もともと二人用なんだし、付き合ってくれてるお礼」
「そうか? じゃあ、遠慮なく」
応え、ガウリイが白いストローを口に含む。
リナは何も言わず、笑みを浮かべて彼を見ていて。
一息にジュースを吸い上げ――ようとしたところで、ガウリイは動きを止めた。
「…………う?」
吸い込んでいるはずなのに、なぜかジュースの味がしない。
否、ジュースが口まで上がってこない。
「どうかした?」
相変わらず片肘をついた姿勢と笑顔のまま、リナが訊いてくる。
「……いや、えーと」
もう一度吸い込んでみた。
やはりジュースがストローの中を上がってこようとしない。
「……どうなってんだ?」
「なにがよ?」
「飲めない」
「そう? ちゃんと飲めるわよ?」
リナがピンクのストローを口に含み、ジュースを吸い上げる。
グラスの中身は、ストローを通ってきちんとリナの口の中へ。
「うん。なかなかおいしーじゃないの♪」
満足げに微笑むリナ。
納得いかないような表情を浮かべ、ガウリイは白いストローをくわえると、もう一度吸い込んだ。
……が。
「うぐぐ」
何度やっても、結果は変わらない。
ストロー相手に悪戦苦闘するガウリイ。
「……っぷは」
しばらくすると、突然リナが吹き出し、顔を俯かせた。
「ふっ……はは、あははっ!」
そのまま、おかしそうに笑い出す。
「……リナ?」
「あっはは。そこまでうまくいくとは思わなかったわ。
いい加減気付きなさいよ、ばかねー」
「へ?」
笑いをこらえながら続けたリナの言葉の意味が理解できず、ガウリイは惚けた声を上げる。
「横から見てみなさいよ、すぐわかるから」
グラスを指し、リナが愉しそうな表情を浮かべる。
促されるままグラスを横から眺めてみれば――
「……って、なんだこりゃ」
なぜか白いストローの下だけに、細い紙が巻かれている。
どうやらグラスの中身が吸い上げられなかったのは、これが原因だったらしい。
まさか最初からこうなってるわけではないだろう。
先程からの様子を考えても、こんなことをした犯人は。
「いつのまにこんなもん仕掛けたんだよ、リナ……」
「うん? さっきあんたがイヤリング拾ってくれてたときよ?」
くく、と小さく笑って、リナは白いストローを抜き出した。
そして先に巻かれていた紙を取り除き、くるくると指先でストローを回す。
ガウリイは、やっとリナの意図を理解して、
「なあ……もしかして最初からこれがやりたかったのか? お前さん」
「だーって暇だったんだもん。
せっかくいい天気なのに魔道書読んで過ごすってのもアレだし。
あんたもちょーど暇つぶしになったでしょ?」
「……あのなあ……」
あきれるやらがっくりするやらで、頭を抱えて項垂れるガウリイ。
くすくすと笑いながら、リナは白いストローをグラスの中へ戻した。
「んー、ホントにいい天気だわー」
店を出たところで、リナが大きく伸びをする。
結局フルーツジュースは、リナがそのほとんどを味わって。
最後に少しだけ、ガウリイにも分けられた。
「………………」
「なぁによ、まだふてくされてんの? ガウリイ」
めっきり口数を減らしてしまった彼のほうを向き、リナが言う。
「別にいーじゃないのよ。
あれが飲みたかったのは本当だし、二人じゃないと注文できなかったのも本当!
出かける理由にウソはついてないわよ。
いぢめたお詫びにジュースもちょこっとあげたでしょーが」
「まぁ、そうだけどな……」
がしがしと頭を掻いて、はふ、と息を吐くガウリイ。
「……あんましいつまでもふてくされてると置いてくわよ」
そっけなく言いながら、リナが通りを歩き出す。
「? 宿あっちだぞ。戻るんじゃないのか?」
立ち止まったまま、不思議そうにガウリイが言葉を投げる。
と、リナは足を止め、くるりと身体ごと振り返った。
つかつかとガウリイの傍まで戻ってくる。
「――ったく!」
ぎゅ、と。リナが腕を絡ませた。
そのまま手を握って。彼の顔を見上げて。
「デートしよ、つったでしょ。
忘れてんじゃないわよ、ばかくらげ」
拗ねたような表情を浮かべた彼女の呟きに。
ようやく、ガウリイは笑った。