「――なんでどれだけしても足りないの?」
腕の中で彼女が呟く。
触れ合いながらのゆったりした会話の中で、ふとオレが漏らした言葉に返って来たのがそれだった。
オレは唇を重ねてから、至近距離に顔を近づけたまま応えた。
「……リナは足りるのか?」
聞き返すと、彼女は言葉を返さずに、ただ拗ねたような表情を見せる。
もう一度キスをする。
そのまま、指でリナの首を下へなぞる。
唇を離して、首を竦めながらリナがオレを押し戻した。
瞳が潤んでいるのは、拒絶の意思ではなくて。
「足りない、だろ?」
頬に手をやり、再び至近距離まで顔を近づけてそう言葉を投げる。
リナが顔を歪める。
想いを漏らしてしまうのが、くやしくてたまらないんだろう。
リナはあまり想いを口にしない。
恋愛の免疫がないせいか、弱みを見せたくないのかもしれない。
だが言葉にしなくても表情でわかると、彼女は気付いてるんだろうか。
「リナ」
「……知らない」
名前を呼んで返事を促すと、オレの手をつかみ、俯きがちにリナが呟いた。
想いを探られないようにするためだろう、小さな抵抗。
恥ずかしいのか、くやしいのか、その両方か。
力でねじ伏せることは簡単にできる。
もちろん、そこまでするつもりはないけれど。
つかんできた手のひらを逆につかみ返して、彼女の耳へ口付ける。
リナの口からわずかに吐息が漏れる。
きゅ、とリナの指がオレの手を握る。
「……足りない……よな?」
耳もとで、そう繰り返す。
つかんでいなかったほうの手が、オレの服を引っ張った。
彼女の背中を壁に押しつけて、強く唇を塞ぐ。
手を放す。
堪えきれなくなったのか、リナは両手をオレの背中にまわして、しがみついてくる。
――もう、逃げないだろう。
重ねただけのキスを、深いものに変える。
想いを絡め合う。
気が済むまで、満たされるまで、何度でも。
ゆっくりと、時間をかけてキスを繰り返す。
初めて想いを重ねられた日から、もう何度か、彼女をこの腕に抱いているけれど。
まだ馴れないらしく、リナは口付けるだけでも戸惑う。
探るように触れながら普段と違う「女」の部分を見つけ、そのたびに彼女へ惹かれていく。
――満たされる裏側で、少しずつ飢える範囲が増えていく。
「ガウリイ……」
リナの口から、オレの名前がこぼれる。
呼ばれることが嬉しい。
他になにもない、呼ばれたその瞬間は確実にオレが彼女の心にいる。
痛くはさせないように壁へと背中を押しつけたまま、服の合わせを少しゆるめて彼女の首から鎖骨へ唇を這わせる。
細い指が、オレの肩で服をつかむ。
すでに周りは寝静まっている時間。
二人だけの部屋の中で、リナの深い吐息だけが耳に届く。
リナの肩を支え、鎖骨の左下を強く吸う。
「……っ、あ……っ」
小さく声が漏れる。
服をつかんでいた手に力が込もり、もう片方の手がオレの髪をつかむ。
構わず、強いキスを続ける。
残るのは自分のものだという紅い印。
リナの息づかいがさっきよりも熱を帯びていく。
もっと乱したくて、右のほうにも口付ける。
「あ、あ……っん……」
痺れるような甘い声が、想いを煽る。
少しでも永く、証が残るように。
痛いかもしれないほどその肌を何度も吸う。
服の合わせを全て解く。
白い肌は上気して淡いピンク色に染まっている。
キスをやめて、彼女の顔を覗き込む。
瞳を閉じ、必死に何かを堪えているかのような表情。
おそらく喘いでしまうのが恥ずかしいんだろう。
同じように上気している頬に手をそえる。
ゆっくりと瞳が開き、視線がオレを捕らえる。
いつも真っ直ぐに遠くを見据え、耀いているリナの瞳。
今はわずかに潤んでいて、オレだけをそこに映している。
支配欲が満たされる――
普段と違う彼女の表情を知っているのはオレだけで。
それは確かに手に入れた、オレだけのリナ。
自然と笑みが浮かぶ。
頬にそえていた手を、こめかみへと移す。
押しつけるように唇を重ねる。
リナは抵抗なくそれを受け止め、両腕をオレの首に絡めた。
片腕で、彼女の細い腰を自分のほうへ引き寄せる。
重ねただけで唇を離し、角度を変えてもう一度。
首にまわされていた腕がほどけ、リナの両手がオレの頭を抱える。
深く、永く――
あせらないように、少しずつ熱を引き出すように、キスを愉しむ。
唇を放すと、細く糸が引く。
吐息を乱すリナの髪を撫で、オレは彼女から離れた。
ベッドから降りて、サイドテーブルに置いてあった水差しを手に取る。
「……もう、いいの?」
後ろから小さく声がする。
顔だけで振り返れば、はだけた服の合わせをつかんで、リナが壁にもたれかかっている。
「まだしたいか?」
「……そ、そうじゃない、けど」
からかうように応えてやると、彼女は慌てたように言葉を返す。
微笑み、オレはグラスへ水を注ぐ。
ひと口飲んでから、背中を向けたまま後ろへ問いかける。
「リナも飲むか?」
「うん……」
かすかに木の軋む音。
ベッドから降りたリナが、オレのとなりに来る。
水を口に含みながら、後ろから片手をまわして彼女の肩を抱く。
素早く身をかがめ、不意をついてやわらかな唇を塞ぐ。
身体を強張らせるリナの口の中へ、含んでいた水を移し飲ませた。
咽喉が鳴るのを確かめてから唇を放す。
リナの口の端からこぼれた水が伝い、オレは指でそれをぬぐった。
「……いきなしなにすんのよ、もう」
心なしか頬をふくらませ、リナが甘く睨んでくる。
苦笑して、水の残りが入ったグラスを彼女の手に渡す。
「いいだろ、少しくらい」
「もういいんじゃなかったの?」
「そんなこと言ったか?」
「…………」
拗ねたように黙り込み、リナはグラスに口をつける。
オレはベッドのところへ戻った。
端に腰掛け、リナを見つめる。
グラスの中身を飲み干し、小さく息をつくリナ。
小柄で華奢な身体。
腕に抱くとよけいにそれがよくわかる。
とてもとんでもないことをやってのけるような奴には見えないんだけどな……
「なに、じーっと見てんのよ?」
オレの前まで歩いてきて、リナが訝しげな表情を見せる。
「ん? 可愛いなぁと思って」
「……ばか」
返した言葉に、リナは顔を赤らめる。
微笑み、両手を差し出すと、彼女もオレのほうへ手を伸ばしてくる。
座っているオレの上へ覆うようにリナが抱きつく。
背中に両腕をまわし、オレは彼女の身体をゆるく抱き締めた。
「――いいか?」
抱き締めたまま、短く訊く。
リナはオレの肩に顔をうずめて、両手で服をつかんでくる。
急かさず、応えが来るのを待ちながら、オレはふわりとした彼女の髪に口付ける。
やがてオレの服をつかむ手に少しだけ力が加わって。
「……う、ん」
小さな声で、リナが肯く。
そっと身体を離して、俯く顔を覗き込む。
「そんなに照れるなよ」
「……うるさいっ」
苦笑するオレにリナは拗ねた表情で言葉を返す。
機嫌を損ねないうちに、彼女の身体を横向きに膝の上へ座らせる。
唇を重ねると、細い腕がオレの首にしがみついた。
もう何度キスしたかわからない。
肌へ唇を這わせ、指でリナを煽る。
聞こえてくる甘い喘ぎが、身体を痺れさせる。
もっとリナが欲しい。
抑えきれない感情が急激な熱へと変わっていく。
足りないんだ。
どれだけ口付けても、どれだけ抱いても。
まるで呼吸をするように。
――きっとリナに触れなければ生きられない。