風に金の髪がなびいた。
「……もう会わないつもり?」
哀しみか憎しみか、微かに歪んだ表情で女が言った。肩までの銀髪が風に揺れる。
「これ以上居ても……きっと、愛せない」
彼女に背を向けたまま、男は応える。
「…私じゃないのね」
女の呟きに、男は無言のまま振り返った。小さく微笑む。
「お前さんには別のいい奴が見つかるさ。……オレは探さなきゃならないんだ」
返される言葉に涙が溢れそうになる。私は愛していたのに。…あなたを。
「…じゃあな」
再び男は背を向けた。長い金髪が翻り、そのまま遠ざかっていく。
俯いたまま、女は、その場に立ち尽くしていた―――
「…ふ、……はぁ…っ」
虚ろな瞳でリナは息をはいた。額に流れ出た汗を右腕で拭う。
「大丈夫か?」
「へーき」
心配そうに訊ねるガウリイに、リナは微笑んで応えた。
そして身を起こし、胸元や腹部あたりのうっすらと赤い跡を指でなぞった。
「…まぁた跡つけたわねー?」
「目立つとこにはつけてないだろ」
「そーゆう問題じゃないわよ」
少しだけ拗ねたような表情を見せる。ガウリイは優しく瞳を細めると、そんなリナを抱き寄せて唇に軽く口付けた。
「…そーやってキスでごまかすのやめてよね」
「ごまかしてるつもりなんかないけど? リナが可愛かったからキスしただけ」
普通だったら赤面しそうなセリフをさらりと言う。
リナは言い返す気力を無くして、ばふっ、とシーツにくるまった。
「もぉ寝る。おやすみっ」
くすくすと笑い、ガウリイはからかうようにリナの頭に手を乗せて言った。
「なんなら腕枕してやろうか」
「……ばか」
際立った特徴もない小さな町である。特にあてのない旅の途中だった。
「…いー天気ねー」
背伸びして、リナは宿を背に歩きはじめた。ガウリイも後ろからついて行く。
「これからどーする?」
ガウリイの問いにリナは歩みを止めずに応えた。
「別に急ぐ旅でもないしね…たまにはのんびりするのもいいんじゃない?」
幸い、この町には、美味そうな食べ物の店がいくつかあるらしい。食べ歩きでもするかという結論に達するのに時間はいらなかった。
「あーよく食べた。おなかいっぱいだわ」
一通りのメシ屋を訪ね終え、リナは満足そうに笑った。
「…そりゃあんだけ食べればなあ」
「なぁによ、ガウリイだっていい勝負だったじゃないのっ」
拗ねたような怒ったような表情でリナはガウリイに反論する。だいたい身体の大きさが違うのだから、ガウリイがリナと同じくらい食べても変ではないのだが。
「……あの」
遠慮がちに横手からかけられた声に、二人は立ち止まった。見ると、ガウリイと同じ年程の女性が立っていた。背中までの銀の髪が夕陽に透けて金に染まっている。
「ガウリイ…よね?」
ぎこちなく笑い、彼女はガウリイに問い掛けた。
「……そう、だけど」
「覚えていない? 私よ、……レディアよ、ガウリイ」
懇願するような瞳で、レディアは言葉を続けた。
「……ああ……」
「知り合いなの? ガウリイ」
リナがガウリイを見上げて訊ねる。ガウリイは薄く笑った。
「昔、ちょっとな」
「…そうね、あなたには私なんて……」
小さく俯き、しかしすぐにレディアはリナのほうを見据えた。
「今の恋人はこのコってわけ? …相変わらずなのね」
皮肉るようにレディアが呟く。
「あなた、忠告してあげるわ。どういうつもりで彼と一緒にいるのか知らないけど、彼はあなたが思ってるようなひとじゃないわ」
「…何よそれ? あんた一体何なのよ? 突然出てきて好き勝手に」
「私は彼と付き合ったことがあるの。でも愛してくれなかった」
「……レディア」
ガウリイが名前を呼んで言葉を遮る。だがレディアは無視して言い続けた。
「何度肌を重ねたって、身体の繋がりだけだった。彼は、愛してなんかくれないわ。愛することなんかできないひとだわ。あなただってきっと」
「レディアっ!」
ガウリイが一喝し、無意識なのか、ぐいっ、とリナをその腕に抱き込む。
「もう終わったことだ。すまなかったと思ってる。だから」
「…だから何? 私は、あなたを愛してた。あなたにも愛して欲しかった。もう終わったこと? 今でも私は愛してるのに!?」
瞳から涙が溢れる。ぎり、と睨み、レディアはそのまま横道へ姿を消した。
「…ガウリイ」
リナが小さく呼びかける。彼はただ、リナを抱きしめたままだった。
「……前に…付き合ってたひと?」
「…ああ…」
短く応え、リナを抱く腕に力が込もる。
「痛いってば、ガウリイ…」
「すまん……」
謝りつつも、彼の腕はリナを放そうとしなかった。仕方なく、リナは彼に身を任せ、もたれかかる。
腕の中に彼女が居ることを確かめるように、ガウリイはきつくリナを抱きしめた。
――見つけたんだ。やっと、見つけたんだ。放したりしない、きっと、永遠に。
宿に戻り夕食と入浴を済ますと、二人はただ黙ってベッドに腰掛けていた。
「…けっこう、女のひとと付き合ってたの? あたしと会う前」
ぽつりとリナが言った。
「……何人かは、な」
「何かやたら上手いと思ったら、けっこう手早いんじゃない。ガウリイ。ただのクラゲかと思ってたのに」
ぎこちなく笑う。ガウリイは黙ったままだった。
「…愛してなかったってホントなの? ずっと? あたしもそうなの? 愛してなくても抱けるの? ……ねえガウリイ、応えなさいよっ!」
黙ったままのガウリイにつかみかかり、リナは叫んだ。
「愛してるって…言ったの、全部嘘? 愛してないのにあたしのこと抱いたの? 遊びのつもりで? あたしが何も知らないからって、からかって…っ」
「違う!!」
叫び、ガウリイは、リナを押し倒し、両手首をベッドのシーツに押し付けた。ぎし、と、ベッドが軋みを上げる。
「…そうじゃない……っ。オレはリナを愛してる! 今までも、レディアも愛せなかった、でもリナは……!! 頼む、離れないでくれ…オレはやっと……!」
見つけたんだ。ずっと探してたのは、彼女なんだ。
ガウリイは震えるようにしてリナを抱き締めた。
「……ガウリイ」
小さく名前を呼ぶ。彼は少しだけリナから離れて彼女を見つめた。
「…愛してるのね?」
「愛してる。愛してる、愛してる、愛してる、リナ……」
ゆっくりと口付ける。今までのどんなキスよりも、深くて甘いキスだった。
「……ガウリイ教えて……どれだけ、愛してるのか――…」
「……っ、はあ、……ん、っくんっ…っ!」
パジャマをはだけさせて、リナは喘ぎながらシーツを握りしめた。胸元から腹部へ、ゆっくりと彼の唇が這っていく。時折強く吸い立て、その度にリナの背中が反り返る。
太く熱い指が、彼女の扉を割り開く。奥へと押し込まれ、そのまま掻き回されて、リナはひくひくと小刻みに震えた。
やがて、ガウリイの指にぬるりとした感触がまとわりつき、微かに、粘り気を帯びた音が立ちはじめる。
「……っ、あ…っ、ガウ…リ、イ…っ!」
受け入れて、口付けて、肌を重ねる。
いつもと同じだ。彼は確かに自分を愛してくれている。その、はずなのに。
瞳から溢れた涙は快楽のそれだったのか。――リナにはわからなかった。